対談 第11回:発達障害者が増えている問題点と未来志向の解決法 —さまざまなフィールドの人たちと協力しながら治療の幅を広げたい—(その2)

対談 第11回:発達障害者が増えている問題点と未来志向の解決法 —さまざまなフィールドの人たちと協力しながら治療の幅を広げたい—(その2)

対談
宮尾益知(どんぐり発達クリニック院長 医学博士)
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岡本孝伸(株式会社ドコモ・プラスハーティ 業務運営部担当部長)

――現在は大人の発達障害の方々の支援を積極的に行っている医療機関はどこになるのでしょうか。精神科などが中心になるのでしょうか?

宮尾 そうですね。発達障害のある大人を受け入れてくれるところで一番有名なのは昭和大学烏山病院でしょうか。その病院の先生とは時に発達障害についての情報を交換しています。

 

――発達障害に関する知見を得にいらっしゃるわけですね。

 

宮尾 私の知人の医師も精神科としては長い経験がありますが、「私自身、精神疾患の患者さんはたくさん診てきました。しっかり治療もできます。しかし、小児の自閉症はよくわからないのです。といわれて、今は一緒に子どもの自閉症を勉強しています。大人の精神疾患を診てきた立場から、発達障害としての時期から診ることができることは勉強になり、もしかしたら精神科にこなくてもよいということになるとよいと思いますと、すなわち二次障害を防ぐという意味ですが……」

 

岡本 以前からよくきていらっしゃるとおっしゃっていましたね。

 

宮尾 そうです。子どもの時の目標は学校で学習ですが、大人では就労が目標になります。そこには、成人後のアスペルガー、ADHDの人たちのデイケアの施設があります。小児期は小児科主体のクリニックで、運動、言語、社会性、学習などの問題をOT、ST、SST、学習支援などで扱い、成人になると、成人のSST、自己理解、他者理解などのプログラムを行いその後の実際の職業訓練につなげていければよいと思っています。このような一貫したネットワークが将来全国にできていくことが重要ですね。もちろんレベルが高いことが必要ですが。そのための専門家養成もこれからの課題だと思います。

 

――岡本さんはいかがですか? 現在の状況の中で将来に向けてのビジョンなどをお聞かせいただければと思います。今風に言うならば障害がある人たちのワークライフバランスなどを将来的にどのようにお考えなのでしょうか。

岡本 少し長いスパンで理想的なことを申し上げると。はじめは入り口として障害者のことを学び、その障害の特性に合ったサポートをしていこうといった切り口で進んでいます。しかし、私たちはしょせん人間です。宮尾先生がおっしゃる神経の刈り込みの話もありますが、そのような過敏な部分は知識で理解していかなければならないと思います。とはいえ、そもそも土台の部分に障害があっても、逆になくても人間としてベースは共通だという認識があります。そのように考えるとはたして障害という区分けというか切り口で人間を見ることははたして妥当なのでしょうか? よく「普通はさっ」という言い方をしますが、「普通ってなに?」といつも思います。私自身、特例子会社の中で、障害者の雇用に関する仕事をしてきましたから、「普通」がわからなくなってきています。数の問題なのか? と……。今もいろいろなサポートの方向を見ていますが、たとえば、応用行動分析を基にした支援方法でも、ティーチャーズトレーニングと言われたり、ペアレンツトレーニングと言われたり、なんとかのためのなど付けているだけで、結局は人間共通のアプローチの仕方ですよね……、という思いがあります。ですから、私たちは最低限の知識はみんな持っていた方がいいけれど、人として見て、その人がパフォーマンスを上げるためにはなにをしたらいいのだろうか? ということをとことんやっていけばいいだけではないかという気はしています。

 

――人には同じような要素と学習法略が有効な人がいるということですね。突き詰めるとそうですよね。

 

岡本:そこでは障害というものを改めて語らなくても、いい会社を作るということは最終的には多様性をしっかり受け入れ、障害のある人もあまり仕事以外のことにエネルギーを使わないで済むことではないかと思います。ようは、会社や職場に適応するために、障害がある人たちが余分なエネルギーを使わなくてもいい。さらに、私たちもそこを受けとめ、障害のある人たちもできる限り互いに寄り合うという両者の歩み寄りで仕事を進める方向に向きたい。そして、「これが普通じゃない……」となるようにしたいですね。

 

――今おっしゃった、障害のある人たちが職場に適応するためにエネルギーを使わないということは、具体的には会社側に障害を知ってもらうための告知をしてお互いに理解し合うということですね。

 

岡本 近年よく聞く「合理的配慮」という言葉があります。その言葉の源流はもともと契約の話だったのです。私はこの条件を会社側が満たしてくれれば、自分のパフォーマンスを最大限に発揮できます。会社側に対してここへの配慮を期待していいですか? はいわかりました、と。まずは互いに理解をし合う。ここはできるけど、ここはできない。それでいいですか? と言ってお互いに握手し契約する。おそらくアメリカ発の考え方だったのだと思います。単純な話、それでいいだろうとなりつつあります。周囲の社員も彼らを受け入れられるかどうか、職場レベルで発展させていけばいいじゃないか、と。

 

――現在、どのくらいの企業、あるいは社会全体でそのような考え方が理解されてきているのでしょうか? 障害のある人たちの特性を理解し、互いに握手をして仕事を進めるという状況は、今の日本社会でどれほど認知されているのでしょうか。

 

岡本 まだ全然進んでいないと思います……。未だに多くの職場では「○△さんは変な人ですよね……」という話をしているケースがあるわけです。昼食のために外で食事をしているときでも、私たちの隣で食事をしている人たちが「変な人がいてね……」という会話をしていることもしばしばです。私としては「その変な人」というのはどんな人なのかが気になってしまいます。結局、そうして多くの人が語る「変な人」というのは、自分基準であったり、多数と思っているグループを自分が規定して、そのグループを通常だと思っているわけですから、その枠の中でしか考えていないということになります。しかし、問題はその枠をいかに外していくのか? ということなのだと思います。

 

――その枠を外す第一歩として、プラスハーティさんの中では「少し変わった人」を理解し、相互に特性を知ったうえで仕事を進めていくということなのですね。

 

岡本 弊社の中にもアスペルガーの社員がいます。彼はアスペルガー以外にも障害があります。ひとつは色覚異常ですが、聴覚や視覚もかなり過敏なのです。以前も頭痛が耐えられないので帰宅させてくださいと言うので、どうしたのか尋ねると、オフィスのブラインドが一カ所開いていたのです。彼はそのブラインドが開いたところに座っていたので、光刺激が強すぎて、目を開けていることができずにその日は帰宅をしました。でも、基本的に周囲の人たちはその彼の困った出来事を知りません。ですから、会社側としても、そのような彼らが困ることを全体に伝えて配慮できるかどうかは重要です。また、視覚過敏の彼らにも自衛手段がなかったのか? もしかしたらサングラスで防げたかもしれません。そこになにが必要なのかがまだ会社の中でも共有できていないのです。

 

――とはいえ、サングラスをしながら仕事をするということは、それはそれで理解が徹底していないと周囲からは違和感を持たれますね。

 

岡本 周囲が知っていれば、「ああ、そうなのか……」と一歩前進します。さらに前述の社員の場合には、聴覚の過敏さもありました。実は、私は彼と日報のやり取りを始めたのですが、その中には、「えっ!」と驚くほど、周囲の話し声が気になり、それを遮断するために大変なエネルギーを使っていることが書かれているのです。周囲の音が気になるために全員と同じように部屋の中にいることができなくなってしまうのです。そのため、少し廊下に出て気持ちを落ち着かせてまた戻ってくるというようなことをしています。それらのことは日報から知ることができます。日記のように書いてくれるので、次第にその方の内面がわかってきたのですが、そのようなやりとりを日々行っています。そうして、アスペルガーであるがゆえの思いや考えていることが伝わってくれば、そのことを周囲に周知することもできます。

 

――毎日日報のやりとりをしているのですね。


(次回に続く)

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